9・11映画など(前)

晴れ。暑い。口から糸を抜く。違う違和感がやってくる。

先月から書きためたもの。あとから観ると確かに駄文。

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ビデオなので気おくれしてたが、『11'9''01 セプテンバー11』(監督・サミラ・マフマルバフ/クロード・ルルーシュ/ ユーセフ・シャヒーン/ダニス・タノビッチ/イドリッサ・ウエドラオゴ/ケン・ローチ/アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ/アモス・ギタイ/ミーラー・ナーイル/ショーン・ペン/今村昌平・’02仏)を観る。11か国の監督が11分で撮った、9・11テロのこと。イニャリトゥのはショッキングだが、それだけ。アモス・ギタイが相当に本気で驚く。ブルキナファソという国のウエドラオゴは距離がリアルはそうだが、子供があざとかった。シャヒーンやローチは淡々としつつも、キレのある佳作だった。今村昌平の遺作は太平洋戦争で蛇になった帰還兵を描いていた。自己体験を通過させ、9・11に対するメッセージを吐き出す苦痛。それでも強く言い切らないといけないことがある。そして人が人をやめるのはあまりに易い。徹頭徹尾土臭い人間にこだわった監督だからこそ知っている地獄。

『汚れた血』(監督・レオス・カラックス・’86仏)、アレックス三部作を順調に観ている。一つめより、作為的でないし疲れない。愛のないセックスにより、感染する病気が蔓延する世紀末のパリ。トランプマジックや腹話術といったコワザでアレックスの強固な独白、自意識が本作では軽めのものとして描かれる。非肉体的で、しかし代償はある上、薄倖な愛を、アレックスの孤独が代補する。アレックスは他人との結びつきを過去でも現在でも必要としてるのでオナニスト的でなく、間隙にさらされる際の一時の孤独である。彼は腹話術によって、人との交わりを欲している。一時は瞬時だが、絶え間なく繰り返され深い楔(くさび)を打つ。ヒロイン、ジュリエット・ビノシュも良い。細くて折れそうで不感症(っぽくて。ベッドシーンはなかった気が)な雰囲気、無為な行動、ダラダラしてても目に感情が潤んでるから。ビノシュの新作は今、テアトル銀座でやってる『夏時間の庭』。20年過ぎてもあどけなさは、依然あまりある。N00080401 最近のビノシュ(画像)。

2週前か、「飯田橋ギンレイホール」に。二本立て1300円。女性客、結構若い人が多い。

『画家と庭師とカンパーニュ』(監督・ジャン・ベッケル・’07仏)、日本には去年の夏にきた「渋谷Bunkamura」映画。バッタリ再会した二人はそれぞれが鉄道員から庭師(ジャン=ピエール・ダルッサン)、医師の子に生まれた男は画家になっていた(ダニエル・オートゥイユ)。それから庭師は菜園をつくるため、画家の家に通う。流石に日本の夏に公開するのには意味がある。菜園の雨の質感がフランスの夏を醸す。行ったことないから知らないのが悲しいが。初老男二人の会話劇が軸。互いの名を呼びならわすところ、こういうシーンは素直に唾を飲んで見入った。シーンのテンポが物語の波に左右されないのが端的にこの映画の強みのもう一つ。不慮に相手の苛立ちに触れるような会話をはさんでも、緩やかにその空気を持ち直すことのできる相手こそ、友人なのだ。回想シーンも少なくて良かった。ジャン・ベッケル、立派。

『ラースと、その彼女』(監督・クレイグ・ギレスピー・’07米)、兄夫婦と暮らすラースがある日リアルドール(ダッチワイフ)と会話しはじめた。彼女ということで町へと連れて歩いたりするラース(ライアン・ゴズリング)。画が綺麗すぎてなんでそんなに性的なもの除こうとするのか、と思った。汚くする必要ないけど省きすぎてて気になる。職場にテディベア集めする女とフィギィアを集める男がいて、みんなどこかにひきずってる感じが。兄の嫁が妊娠してるから、子どもとか大人とかスケールのデカい決着不能な問題を町に封じ込めようとするシナリオの悪。ラースが心療内科に行くけどその前後案外笑いが起きてたがいいのかよ、笑って。と思うと何か恐ろしい映画であるようにも。宗教色も多少強め。ラースはアニメの『シンプソンズ』で隣家に住むカトリック信者みたいな笑みを。序盤の勢いが後半で死ぬ。喋りにくい、黙るための一本。20081211002ec00002viewrsz150x1

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090518-00000011-maiall-soci

「りらっくま、母になる」ということで一通のメールが。顔写さないのは肖像権か? おもろかったのではってみました。下記は追加分。サンエックスの新手の戦略だょ、きっと。

http://www.city.ichikawa.lg.jp/gre06/1111000042.html

読んだ漫画。

『八雲百怪②』(大塚英志/森美夏・’09角川書店)、土玉が出てくる。鴎外が亀になる。上り調子だが、ハーンの説明がやかましい。

『花と奥たん①』(高橋しん・’09小学館)、売れると見込んで、こんなにカラーページがあんのかな。偉い漫画家は告白体になってゆくの? 高橋しんが後書きで書いてるマンガの構想のが、どう考えても楽しそうだ。

先週読んだ小説。

『残虐記』(桐野夏生・’07新潮文庫)、もう少し長くても。少女時代監禁事件に巻き込まれた小説家の小説内小説が本編。少女の顔やケンジの顔が出てこないのが卑怯。ミステリー仕立てでもいいけど、いつまでたっても経過しかない小説はため息で本を綴じる感。

『居場所もなかった』(笙野頼子・’98講談社文庫)。『母の発達』以来。家探し、住まい探しをする小説家が「不動産ワールド」に迷う。関根勤の妄想など、足元にひれ伏す程の、妄「念」が動きをもって開かれる。あつくるしい文に頼子を憎みながら読んだ。

いまは『風花』(鳴海章・’00講談社文庫)を230ページあたりまで。回想部以外はきっと可もなく不可もなく、ってな小説なのだろう。北海道の素朴すぎて下らない風景が単なる雑草とコンクリート(国道)を持って象られる。映画を思い出して、前半、嗚咽しそうになったところが!

『地球が静止する日』(監督・スコット・デリクソン・’08米)、こないだのコネリーちゃんはこの映画ではすっかり大人。もう少し美人に撮ってあげれば……。で、まあ、つまんない映画という結論。宇宙人のキアヌ・リーヴスって、なんか大物の顔だな。この役はトチ狂ってるけど。剥離した宇宙人の皮がエグい。あとトラックとかに喜んだ。他は苦しい。1006949_011

『チャイルド・プレイ チャッキーの種』(監督・ドン・マンシーニ・’04米)。チャッキーがセンズリこいてジェニファー・テイリーに人工授精しようとする。レッドマン(ラッパー)とジョン・ウォーターズじゃあなかったら、と思うとこの映画も空しい。笑うには笑った。息子に対しては笑っていいのか分らんかった。クローゼット。ああいうのを鉄板っていうんだな、世の中では。ハリウッドが舞台になってるのを中途で忘却。

「シアターN」の値段が安い日に『サスペリア・テルザ 最後の魔女』(監督・ダリオ・アルジェント・’07伊/米)を観る。半分弱入ってる。魔女三部作の完結。アルジェントの気炎の上げようも半端でなかった。主演の魔女のアーシア・アルジェントも美乳だった(娘を脱がすのを器と呼ぶ)。あれや、これやで『フェノミナ』を観て行ってよかった。無論、観なくても十分に楽しめる。唖然というか、助かったというか。空港の魔女グループをとるショットが格好イイ! レズビアンも艶がある。コジキとかどうでもいいようで、スジを無理に押し通す姿勢。死体が全て傑作。ヒロインに死んでほしい、と思ってる自分を発見する畢竟の秀作。1007288_011

猿も吠える『サスペリア・テルザ』、イタリアのCG技術にも注目だ。

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朦朧とする土曜

何が痛いって鎮痛薬のせいで胃が荒れて痛い。昨日は錠は10、粉薬は3包で半分寝てるような起きてるような。

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『フェノミナ』(監督・ダリオ・アルジェント・’85伊)、羽虫とか蛆と戯れる少女だったジェニファー・コネリーに見とれつつ。子供にビビる。屋根に穴が開くとき、笑いとはまた別の歓喜が。始まりの廃屋に戻ってくるときよそ見してダレてる隣の弟。子供は正直だ。猿と泥蛆プール。車いすの人も平等に殺す。アルジェントの倫理、これで『テルザ』を観に行くことに決めた。

『TUBE』(監督・ぺク・ウナク・’03韓)、善玉(刑事)と悪玉(元特殊部隊のテロリスト)が恋人を失ったという同じ論理の復讐を背景にぶつかる地下鉄アクション。電車のシーンは『踊る~』ユースケのより出来上がっていた。最初の20分だけ楽しい。カット割りが細かすぎてうっとおしい。展開より勢いだけが無駄に増してく。銃をほいほい向ける癖に、テロリストが引き金を二度も三度もひかないのは何故? かといって悪玉が「実はこんなに優しい」と言う男じゃない。で、銃口を向けられるぺ・ドゥナの口数少ないスリはただただ美人で本作の救い。手が可愛い。他に美女をこんな出しといて脇に退けるなんて、まったく愚かしいキャスティング。

Ph2_ph2_tube_1_18_011_2なんにもやる気が起きない。NIRGILISの『Newstandard』を聴く。更に怠惰になりそう。

不幸だった日の愚痴。

1 バイトでスバル座の『ブッシュ』の客に話しかけたら怒られる。

2 新宿でアンケートとるならモノ寄こせと言われる(心の底で「物乞い婆」と名付ける)。

3 湘南新宿ラインで横の中年紳士がウトつく俺を肘で執拗に突く。こめかみがおかげさまでヘンになる。

『緑魔子伝説』に行きたいのにこんな薬飲んだら寝ちゃうで。

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みんな、歯は縦にみがくんだよ

もう今日か……。手術だよ。ああ病院行く途中で、車に轢かれねえかなぁ。や、でもそしたら、点滴の針を結局刺すのか……。たかが歯、されど歯、の思い。

13日。

昼、渋谷で遠藤君とあって中華丼と餃子をごちそうになる。『ゲロダク』2号が無事に届いたよう。よかった。というか、表紙の写真まで撮ってもらい、メシまで食わしてもらって、これはある意味で僕への喝だ、と意味不明な解釈をする。ニンニク臭い息を吐き出し、満腹になり考えがズブズブ沈む。別れたあとで自分を戒める。ごちそうさま、今度は飲み屋で3倍返しにします。06_large1

同日3時半、当日のメールに応えてくれた笹本君に会い、卒論のタシになりそうな資料を渡す。センター街でいつもの。

『WALL・E』(監督・アンドリュー・スタントン・’08米)、ディズ二ー、ピクサーの。この手のアニメに偏見を持ってるのにエンドクレジットで目が潤む。ロボットとか、船内のアクションは劇場版のドラえもん並。どっかチープで親近感があるから逆にいい。吹き替えで観ること。女子(?)の「イヴ」を呼ぶとき、ウォーリーが「イー」って伸ばすのに参った。「イヴ」もいじらしい。小学生の恋はきっとこの糖度だ……。

『血槍富士』(監督・内田吐夢・’55日)、戦争から帰ってきた内田監督の復帰作、片岡千恵蔵が槍持ち。主演というより群像劇であった。若様を守る道中、強盗が絡んできたりして千恵蔵と源太(加藤大介)は巻き込まれる。悲劇ではあるが、底ぬけに明るいキャラクターが出そろってるのが最後までひっぱっていく強度。大の大人が酔っぱらうシーンを観ると落ち着かなくなる。酔っ払っても、云わぬが花。酔っぱらう身振りで過去を語っていく若と源太。Tiyarihuji11エピソードにも退屈しないけど、クライマックスのとこで千恵蔵が若のもとへ駆けつける際の勢いがないのは残念。

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ブルックリン、渋谷、大森

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『シバトラ』のスペシャル、ラストの柄本佑とウエンツじゃない方が怒鳴りあうとこだけ観る。佑くんがオヤジのモノマネしてた。あとラストカットが伊勢佐木町だった。更にスタッフロールの演出に佐藤祐市の名。佑くんは佐藤監督の『守護天使』なる映画に今年出演予定、嫌いじゃないけど塚地を主演にして。映画がテレビになっていく。

NHK『私が子どもだったころ』が大森のバイトから帰ってくるとやってる。今回はその、大田区大森出身の押井守。再現ドラマの「守」役の子役がホントの押井守に似てて、またその「守」君が中華そばを食うシーンが切ない。押井守のオヤジは探偵だったんだって…。

『ブロック・パーティ』(監督・ミシェル・ゴンドリー・’06米)、N・Yの一角で、デイヴ・シャペルの煽動によって多くのヒップホップ、レゲエ、R&Bのミュージシャンが集まった。ローリン・ヒル、カニエ・ウエストと疎い僕だって知ってる人々。彼らの音楽が町の一角のステージに響く。リハーサル風景とあどけないブラスバンド部に惹かれた。向いあって観るには慣れてないから疲れるものも、ライヴドキュメントもコンセプトの一貫なのだろう、デイヴのおかげで(?)メリハリ。

『バウンス ko GALS』(監督・原田眞人・’97日)、97年の109の下にはルーズソックスを履いた女子高生がデートを斡旋するわ、援交するわ。男はAVのスカウト屋が跋扈。桃井かおりのブルセラ屋、役所広司の全共闘くずれのヤクザ、アメリカへ夢を持った少女(岡元夕紀子)が疾駆する渋谷へ。人ゴミの撮影。村上淳の活躍、矢沢心の末路が、したたか。『魍魎の匣』とそっくりの同時会話はもうすでに、変なヒラヒラとか、こっちは下らない演出だなあ、と思う。フジテレビの力を借りないと作れなかっただろう制作過程と、話の齟齬に悲しさがある気も。ただ、屈指の傑作青春映画には違いない。今月観た映画では一番楽しんだ。E027e32ac6e3d6c81

これで300。

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にちじょうによる

骨折り損さん、やっぱり「天才」なんですね。童貞の言は思いつきです。漫画、ありがとう。

歯が痛くて4時に起きる。うーうー声だしても痛みが治まらんで、耳鳴りがして、顎の関節がキンキンして発狂する! と思って、風邪薬を服用して睡眠薬の代わりとする。T00070591

そんなこんなで昨日、口腔外科に。化膿してるので縫わなきゃダメとか。歯も死んでるので、二つに割ってから抜いて……という、曰く「ハイリスクな手術」らしい。

アイポッドでいつもノってる「筋肉バカ」(チラシ引用)なブラッド・ピット。

コーエン兄弟の公開中の新作『バーン・アフター・リーディング』(監督・ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン・’08米)を鑑賞。アカデミー賞を獲った後に、そこから極北を目指す。下らなさが美徳に転じない、終始バカバカしい話。人間がちゃんと死ぬところを見せる悪趣味も画面に横行。ブラピで笑うのもいいけど(ダメとも)、劇場の空気がサっとひく瞬間があったのが面白い。ワシントンDC、虚実はどうあれコントの舞台。そこで人物の過去の来歴やそれぞれのリンクを必要以上に求めない。そして、スタッフロールまでキッチリ見せる。更にジョン・マルコビッチが嬉しい。

『チャイルド・プレイ』(監督・トム・ホランド・’88米)、原点を観る。凡作だが、チャッキーの誕生を知れて良かった。貧しくも若いシングルマザーが襲われるのって、なんかそそる。アンディも可愛い。精神病院や貧困もオカルトもあって楽しさ満載。あと復讐譚としてはマジメなの? 身代わり人形、これは脈絡のない小道具だった。シガーライターでホッペを焼かれたときのチャッキーに萌え(死語か……)。顔を抑えながら後ろに卒倒すんのょ。Childsplay1_2人形の焼ける化学薬品の匂いが立ち込めるかのような名シーン。

もうすぐ記事が300の峠。

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でしかない

雨がぱらりん。Peach011

ピンク映画、『ミス・ピーチ』(監督・吉行由美・’05日)。林由美香の最後の主演作。あんなオールド・ミスが年齢詐称で云々なんて茶番が過ぎる。これじゃあ「ミス」ってより単なる元ヤンのOL。すでに林由美香がアイドルのような扱いになってるのがつまらなさの元凶。薫桜子とゲイの絡みのゲイが可愛い以外は、君がもっと凶悪なら、と準ミスを嘆く。故・林由美香も不自由そう。

『戦慄の絆』(監督・デヴィッド・クローネンバーグ・’88加)を観る。カナダくらいは漢字で。そっくりな医師の兄弟が恋人が出来て入れ替わったりしながら遊んだり、ラリったりする。どういう風に受け止めればいいのか苦悩する二時間。絶対、二時間は不要。精神を追いこんで人間不信、脅迫観念にかられていく話もだるんだるん。性病の治療も婦人病の治療もしないとか言うセリフで覚醒した。童貞風の弟が兄の恋人の裸体を見るとき、俺は思わず女のヘアの見えるか見えないかの部分から、弟の股間へ視線を移行してた。まあ、カットの順番上、映らないけど。だが、イヤ、30まで童貞だと皆巨根になるという伝説が……。

『パルス』(監督・ジム・ソンゼロ・’06米)、黒沢清監督の『回路』のリメイク。インターネットを通じて何かを解放しちゃって人が影になっていく。いちお、霊は信じませんって理系は出しとくんだね。比較でいうと、加藤晴彦が小西真奈美みたいなクリステン・ベルってのになってるのであんま関係ないのだ。首つりが影になるのは『CURE』だったように思う。電気機器に入り込んでくルールかと思ったら、途中からルール変更がなされたのか、幽霊が遍在してる。乾燥機から日本の妖怪みたいなのが。スナッフビデオは何のためのものなのだろう。疑問から興味を失っていき欠伸が止まず、カゼ薬のせいでウトウト。誰かが黒沢清が脚本書いたって嘘吐いた。

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今日読んだ漫画を2つ。『かぶく者①』(たなか亜希夫/原作 デビッド・宮原・’07講談社)、『軍鶏』より書き込みが少なくなっている。コンセプトが新しいが主人公がまだ凡人。「天才」の主人公が気になる。あと続刊してるとこではちゃんと褥もあるんだろうね。『岳⑦』(石塚真一・’08小学館)、「七歩目」があるのは編集者の入れ知恵? 単行化されることを考えて作品編んでる。海岸のコントラストが山より良い。

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「あさくさ」

粟津潔が死んだね……、まあ川崎の展示が盛り上がるとは思えぬが。粟津のポスター画に眩暈を起こしておく経験は大事かと。

「アテネフランセ」で先々週、「アモス・ギタイ ドキュメンタリー・セレクション」に。もっとも金ナシなので一度だけ。

『殺人のアリーナ』(監督・アモス・ギタイ・’96イスラエル)。95年、イスラエルのラビン首相がイエメン系ユダヤ教徒によって暗殺される。彼はアラブ和平から、パレスチナとの協定まで尽力し、ノーベル平和賞をとるに至った矢先だった。その事件の関係者、都市、時間を見つめていく。最初は首相の妻の証言に始まって、平和の祈りの強さに感じ入ったかと思うと、町はすでに次の世代へと入れ替わりを果たしていくために建物を崩落させたりしている。道路に車の窓から投げかけるパン。風景は右へ消えていく。とうとうカメラは惨劇の場所に至る。見えないものを何もないまま映す。都市の風景。観る人がそこまでに与えられたイメージから「見れば」よいのである。

『ミュンヘン』(監督・スティーブン・スピルバーグ・’05米)をようやく。ミュンヘンオリンピックでパレスチナの「黒い九月」によってイスラエルの選手らが11人、暗殺された事件がもと。イスラエルは暗殺の主導者たちを抹殺するために暗殺グループを組み報復を企てる。主演のエリック・バナは当たり役。黒みは蠢く画面。キレのある暗殺シーン。女殺し屋、斥候との応酬なんてのもスリルあるって感じじゃない。状況というものに主人公たちが追い抜かれして、精神が摩耗する。殺しを続ける中でどんどん難民っぽくなり孤軍奮闘し、虚無に呪われる。贅肉のない洗練された映画。060804_munich_mainjpg1

『魍魎の匣』(監督・原田眞人・’07日)、京極夏彦原作の京極堂がでてくる奴の第二弾。京極堂の堤真一がなかば飽きてる。というか観てるこっちも飽きてる。椎名桔平もない。前に読んだのであの容量を映画化にするのは負荷があるのは分かるが、関口と竣公の話とか抜いちゃいけない部分も多い。と、思うと、『姑獲鳥の夏』はやっぱり凄かったのだ。今回眩暈坂も出てこなかったし。実相時にオマージュすんなら松尾スズキの代わりにクドカンじゃなくて、そっちで、頑張ってほしい。でも存分に「バラバラ」のとこはやってるので何とも言えない。同時にセリフを喋って会話を不明瞭になる場面がある、楽しい。こういう演出力と構成は原田眞人の代名詞なのか? いまや。

逗子から鎌倉材木座海岸に行く。ヨットがひらひら。江ノ電乗るのに50分という数字が書いてあったり。「あさくさ」という駅前の食堂でメシを食う。店員のおばちゃん同士で喧嘩を。客の若者はそれを笑う。地方からの客(京都なまり)は無節操にケチをつける。こんなとこに時代の縮図。

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POCHIの悟性、窮極のケイサツ

425pxtange_sazen_yowa_hyakuman_ryo_ああ、眠い。昨日は早朝から平塚へバイト。富士山が(推定)5合目くらいからくっきり。今度は青梅市昭島へ。

おかげさまで頭痛がする。

ウィキの画像が良かったので載せました。

今度阿佐ヶ谷でもやる、『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』(監督・山中貞雄・’35日)を観る。日活の大河内傳次郎が隻腕、隻眼の的屋の居候、左膳。原作の林不忘に情けないヒモとして左膳を描いた為に怒られたという経緯がある。山中監督は現存するフィルムもごくわずかで、20代にして戦死した映画作家。話はそれるが今読んでる聞き書き式、『池波正太郎のフィルム人生』(池波正太郎・’83新潮文庫)でも同監督に触れてる。この本、昔はよかった、今は知らないけどね的、池波の不愉快な感傷と感覚論、道徳論、戦後生まれへの蔑視が爆発してるが、凄いとこは氏が戦前の紛失(戦火で焼失)した山中監督の映画を同時代で観ている点。彼も山中監督を「天才」と称しつつ、映画文法の巧みさ、モダンでストイックなアメリカ映画の模倣者であったことを『人情紙風船』を中心に「喋って」る。シーンの繋ぎ部分とカット割りで「巧みさ」は実感。その下地があるゆえか、大河内と沢村国太郎、喜代三の演技合戦であった。今に通ずる笑いも十分。チャンバラなぞ10分もなかろうに左膳の腕前と飄々とした風、戯画化された歩き方もそれだけで自身を語ってる。子供の頃に観たかった傑作。

『デス・レース』(監督・ポール・W・S・アンダーソン・’08米)も観る。『デスレース2000年』(’78、未見)のリメイク。近未来に囚人を企業が管理してたって設定。凄く甘い管理システムの刑務所。所長はジェノサイダーなの? 観衆は「数字」で表わされる。次いで『ヤッターマン』的レース説明が楽しい。主要キャラの死に方は最高。みんな殺されるよりは轢死や爆死といった事故的なエグさ。助手席の女があっという間に蜂の巣。あとは逃げ場失ってボン! って奴いたけど、いい死に方してた。 タランティーノ映画の顔見せシーン的な女たち。オチの付け方に感銘。

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横浜の映画館、「黄金町ジャック&ベティ」で『ポチの告白』(監督・高橋玄・’06日)を。一般公開は今年から。「日本の警察を一言で申しますと、日本最大の暴力団ということになります」。警察犯罪を扱った3時間弱で、惑う間もない佳作。観た後に全ての警察への疑念が。DVDでも是非観てほしい一本。主演は菅田俊でノンキャリアの交番勤務から、様々な自演犯罪、裏金にまみれ堕ちて……、いや成り上がっていく警官。劇中の事件は事実に基づくという。菅田演ずる「タケ」には娘がいるが、ああ、あれが俺かと思った。きっと様々な厚生補助を受けてすくすく育つのだ(負けじと暴露すると、神奈川県警には警友会なるもんがある、劇中の「警視庁」にはもっとデカいのがあるはずだ。なぜ言及しないの? この映画はスリリングな部分に執着し、家庭生活でのポチ、ないしその家族、女をおろそかにしてる)。僕も残念ながらあるいは、幸運にもポチの子なのだ。上司役の出光元が『仁義なき戦い』の金子信雄ばりに上質。彼が「タケ」と最初に呼ぶシーンは堪らぬ。何か焦燥感とつながる。犬はまずヒエラルキーの中で個体として名づけられる様なのだ。ちなみに、柏東口のシダックスとかセブンイレブンのある通り、柏市役所などでロケが行われている。おそらく柏でロケしたり、公共機関が協力してんのにもワケが。同監督の乙一原作の『GOTH』も観なきゃなのか!? 

「黄金町ジャック~」では伊勢佐木署から上映の件について問い合わせがあったという支配人の話が高橋玄監督のブログにある。ご存じ、新宿は都庁方面通路の菅田俊(画像)。111 見張るバージョンも。

笹本君に借り、『精神の氷点』(大西巨人・’01みすず書房)を通読。小説自体は1949年に執筆されたもの。読後感が失敗作を自認、自白しているようで不味い。罪とか罰とか「魂の黒点」とか形而下での言葉の、書けば書くほどの薄っぺらさが中盤過ぎまで面白かった。「・」とかガタリとかの文章みたいだとか。新しい一冊だと。名前が尊大だと思って敬遠してたよ。

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新大都映画が観たい!

の思いで、「フィルムセンター」の特集「発掘された映画たち2009」に行く。入場料はいつもの300円。先輩に言われ、柳下毅一郎を発見する。うなじしか見えなかったけど。

26分の『剣劇女優とストリッパー』(監督・平澤譲二・’53日)は売れない小屋女優が売れないからストリッパーをすると、剣劇女優としてお声がかかるという筋立て。男の弁士が全ての声をふき替えている。土手での殺陣で時代劇を行ってたと思ったら、現代の観衆が土手の上に大勢並んでいる風景が映し出される。ストリップのシーンの客には普通に子供がいる。無論そのときの女優はパンツとニップレスのみ。回想に出てくる、やり手婆みたいなのを演じるときの弁士の声が印象的。こういうババアの想像される人格はほぼ普遍。

『アナタハン島の眞相はこれだ!!』(監督・吉田とし子・’53日)、上のもそうだが、今回の2本は新大都映画といってキワモノを作り、無くなってしまった映画会社の作品なのだ。アナタハン島というのは戦中女性一人と数人の男性が、かの島に流れ着き、女をとりあうがあまりに殺人にまで至った事件があった場所。本作でその女性和子を演じているのが、その孤島で殺人を見つめた比嘉和子本人! 彼女すでに妙齢とも呼べぬ歳にさしかかっていた。中盤、住処を島内で移す下りで眠気が舞い降りる。「土民」(作中でそう称す原住民。明らかに日本人のエキストラだが)スタイルになっていく和子の服装が、ギャートルズのママみたい。スコール(?)が降る所では雨に濡れ乳首の透ける老女な和子。和子の足に、発情する船長。男らが死んでくことに大して動じない和子。大根芝居の和子。最後にどっか行っちゃう和子。男は3人ぐらいしか見分けがつきませんでした。一体、どんな気持ちで撮影以外の時間を過ごしたのだろう、和子は。

9716fe4d33429cffbbc3224aac9b84871 DVDで。『マーキュリーマン』(監督・バンデッド・ゾンディ・’06タイ)。消防士が火を操れるマーキュリーマンに「太陽の護符」のお陰で変身する。敵はイスラエルかなんかの人でアメリカにつよーい恨みを持ってて「月」と「太陽」の護符を集めてアメリカ軍船にミサイルを撃ち込み、核レベルの力で、亡き妻の報復を遂げようとする男。『スパイダーマン』に主人公が憧れをほのめかすのにグッとくる。『マスク』を隠し味に、『ファンタスティック・フォー』的な橋での戦いや火の使い具合。マーキューリーはしかも地のままでも相当強いカンフー(これも「?」だが)使い。彼の姉のデザイナーもなぜ武術が使えるのか不明。タイ人が戦闘民族に見える。いったい、別段面白くない話。色気にも欠けるし。ただ、雰囲気が観ないので新鮮。劇映画で初めてブッシュ前大統領の顔を見たかも。マーキュリーマン、こんなカッコいくない。

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武蔵小金井へ

ハバナさん。兄弟がいると、そうだよね、二段ベッド。『GOEMON』は金払って観てないから、どうこう言えないです(もう言ってるけど)。

今日、土曜は武蔵小金井でイベントをやる。http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

2時からです。暇な方は6時くらいまでやってんで是非。僕らのとこは新刊でないので虚偽記載と言えば虚偽。

4月14日火曜、「シネマヴェーラ渋谷」までヨタヨタ。今回は「東宝アクション! 2」という特集。ウチ、以前は神奈川、6年くらい前から東京新聞をとってて、「わが町 わが友」なるコーナーがある。著名人が来歴をつらつら書くミニコラムが8回連載でバトンを渡すって具合で今週は黒沢年雄、徒歩3分の藤棚商店街のことを第1回目で書いてくれてる。また、40年前にあった映画館で現在は100円ショップになった土地のことを書いたり。彼は東宝のニューフェイスでデビューするわけで主演作も2本程この特集である。で、記事が載ってるのも、それを発見したのも偶然なので、空空しい地元話としてここに留めておく。

Shiro1 1本目。『白昼の襲撃』(監督・西村潔・’70日)、主演の黒沢年雄のモミアゲと汗が色気、現代のモデルのような高橋紀子の薄着も色気。チンピラが少年院時代の弟分(出情児、しかもゲイ)と出会い、岸田森扮する学生闘争くずれのヤクザについてのし上がる。脚本、白坂依志男で、ゲイやアメリカ兵、ヤクザの妻(緑魔子、今でいうならYOUみたいな)といった魅力、いや魔力のある人間が横溢。トランペットが閃く音楽にも酔う。ファーストシーンは野毛の動物園。埠頭や中華街、伊勢佐木町がいちいち場所として色を持つとうっとおしいと行ったことあるんで、つい。これは横浜がチンケな町にみえるから丈夫な映画。

2本目『三十六人の乗客』(監督・杉江敏男・’57日)、某作のフィルム状態が悪くて差し替わったものだが、『白昼~』に負けじと良作。小泉博が、警官の辞職届けを出し浮気相手(淡路恵子)とスキーへ。しかしその夜行バスに乗った面々には一人凶悪犯がいるという話。バスの中で犯人当てをする二人が前半。後半は一転、緊張感の張りつめた展開へと! 客のひとり、多々良純、千秋実、中谷一郎が抜群。乗客の人生をこんなに短く、だが濃くみせるのはウデとしか。場内には今までで最大の爆笑。バスガイドの扇千景の清純さはどこか卑猥。

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まっくらけっけ

まっくらけっけの就活模様をこじ付け的に文章に起こすと半分小説みたいになった。と、いうのも事実を忘れてるからなんだけど。

日比谷の東商ビルだかに人生初の試写会。『GOEMON』(監督・紀里谷和明・’09日)に行く。普通の映画館に比べると格段に明るくて映画見る環境じゃない。舞台が広いからスクリーンが遠いなどの難点も。で映画、最初の大阪城が色んなもんでディズニーランドのシンデレラ城に見える。大阪なのに関西弁を話す人がいない。物語全体も訳のわからん紀里谷の演出力が電光石火で二時間半迸ってた。戦闘シーンは『三國無双』とか作ってる会社のゲームだった。美人なのはサトエリとトダエリだった。戦隊ものの六人目みたいな江口洋介の「goemon」。一緒に行った笹本君が言ってたことだが、特撮に出てる人(要、タマテツ、佐藤健、サトエリも?)が多い。脚本家もその畑。新作なので詳しいことは云わないが、一番爆笑したのは江口が大沢たかお(霧隠才蔵)に「転職しろよ」って言うところ。あとチェ・ホンマンと平幹二郎と六平直政の待遇が一緒だということに多少驚く。そしてチョンマゲ皆無なのが寂しい。エンドクレジットまで見ると、素敵な発見。ゴールデンウィークに旋風を起こす、邦画ブームを火の車にする奇作が現れた。

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テレビ朝日の女子アナが缶ビールを檀上からコマーシャル。試飲で貰う。確かに飲んで喋りたくなる映画だ。画像はヒロスエ。

『濡れた週末』(監督・根岸吉太郎・’79日)を。しがない町工場から始まる根岸監督のロマンポルノ。脚本は『沖縄やくざ戦争』など、任侠、やくざものの多い神波史男。事務員で工場主の囲い女の宮下順子は現代劇のが浸れるし、フィット。前、後ろ、座位の単純な体位でものの見事にドラマを築く。青年が労働運動してるのや二段ベッドを持ってることで話は地味ながらじわじわ上ってくる感。亜湖の元恋人役も確実に日の当たるように筋が用意されてる。色の使い方が乱暴。でも宮下順子がいいし、やりきった終わり方もしてるので素晴らしい一作だと思う。

0gegnbd12111 家にビデオが落ちてた『1492 コロンブス』(監督・リドリー・スコット・’92仏/米/スペイン)を観る。フランス屈指の名優ジェラール・ドパルデューがコロンブスで新大陸の存在を信じるドリーマー。スペイン国内のコロンブスから女王(シガニー・ウィーバー)までが英語を喋るハリウッドの当然。リドリーのグロ趣味が中盤フルで発揮される。腕切断から始まって、頭に貫通する矢、家畜のように吊るされた「干し死体」など酸鼻の極。善悪が発生する以前の土地で原住民から服を着てコロンブスの通訳となる青年。彼は島のなかで反乱が起き、また原住民に戻っていく。この人物を設定したのは流石(名を忘れた)。彼はこう言って去る、「話たければ、我々の言葉を覚えろ!」って。大海原から牢獄まで行く地獄。他にマイケル・ウィンコットの無意味な暴力に興奮したり。題と公開年でお察しの通り、「記念」なのだ、これは。

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臓物

『恐怖の人喰い魚群』(監督・アンソニー・M・ドーソン・’78伊/ブラジル)をテレビで先週観る。強盗団が盗んだ宝をリーダーの指示で湖に沈める。裏切りをなくす為にピラニアを放流したが、自然のアクシデントと人物たちの果敢な裏切りで、湖は血に染まる。カレン・ブラックの喜怒哀楽が怖い。水に落ちるタイミングがドリフ。ドリフが真似たんだろうか、こういう落ち方を。カメラマンがオカマデブで笑いをもたらす。モデル役のマーゴ・ヘミングウェイという人はマネキンみたいな役どころ。

4679_image61 『バッテリー』(監督・滝田洋二郎・’06日)をDVDで観る。悔いのない二時間を与えてくれる。菅原文太が変化球を教えないのが意味深。文太も不遇な晩年を送ってるように見えて、本人は満足してんのかも。ピッチャーを孤独にしてんのはアンタだ、と誰もが文太に思う。あとセリフがアニメ『ドラゴンボール』の先週のあらすじみたいで耐えれない部分はある。特に沢口って子のセリフが可哀想。主役の林遣斗がマウンドの土を蹴るシーンに泣きそうになる。彼の球の飛ぶ位置がまず感情を直観的に代理しているだけでないように読めたので見ごたえとなった。その球がCGながら慎ましくてこれも良い。キャッチャーの子は口走ると子供に見えるが家でゴロゴロしてるところこそ、リリシズム。萩原聖人と強豪校の三年の二人が鈍磨しないように喝を入れてくれてる。彼らしかバッテリーを助けていないように見えた。

大映、『黒の試走車』(監督・増村保造・’62日)。白黒は久々。車会社二社がお互いの新車発売まで、自社にいる他社のスパイを探しつつも、敵に対して情報戦を挑む。「今から」で考えると恐ろしくアナクロなものの、田宮二郎は出来上がってるし、船越も市川崑監督のときと一味異なり、抑え気味に。高松英郎と菅井一郎のバーでの直接対決が序盤にあるが、名演である。菅井一郎も敵に申し分ないから面白い映画になり得る。潰れた低音の鼻声らしき呻きで威張り散らす。彼は旧日本軍の機密機関出身とかで、そんな男が管理職とはいえ社員でいる会社なんて! 敗北と挫折を繰り返し、情報戦争に疲弊していくなかでの、戦争に行ってないと思わるる高松(田宮扮する朝日奈の上司)が貪欲に、まさに「タイガー」のように向かっていく。セリフでカットを切ってるのもまた画となじむ。そこにあるトイレや田宮の部屋などの空間で、丁寧さが芯になる。

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マーボー豆腐を作る。ゆうちょ通帳を作る。デリダを読むが、さっぱり不明。

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花園神社あたりの

新宿から帰ってきた昨日。先輩やヨコイの『ゲロダク』連中と『小金井駅は宇都宮線だもん』の発行人の河田さんと飲む。今週末ミニコミを一日で作ろうというイベントをやるので。

『ゲロダク』2号の発刊がGW明けに延期することが昨日発覚。データは完成しているとの由。世のオタクが連休でイベントをやるせいなのか!?

先月観たものをズラリ。文章も以前ので、ぜーんぶ100円レンタル。

ビデオ作品『人妻告白ファイル 女子大生処女調教』(監督・渡辺護・’02日)を。脚本はガイラ。渡辺監督が自作を引用してるときの映像が切ない。若妻に恋をする節操ない大学生は夫婦の営みがアブノーマルなのでショックを受けたりする。ゆるい結びの縛りとソファーの下で反り返る女の肋骨がオカズになる。日常では味わえぬもん。

20080513001cc00001viewrsz140x1 『沖縄やくざ戦争』(監督・中島貞夫・’76日)は松方弘樹と千葉真一が兄弟分。二人は食い合わせよく、だれない。松方が出所して、なぜか出世できぬので舎弟は憤る。武闘派の千葉の舎弟、地井武男は一方でブレインとしてのしあがる。拷問後の室田日出男のリンチ後の狂気の相貌、大火傷で体中焼けただれた尾藤イサオの復讐など肉体変化を遂げる人物たち。本土のやくざたちを廃絶する側と本土のやくざと結託する側との抗争劇。渡瀬が松方と同じ鍋の即席麺を食うとこにつまる思いがある(本土やくざを「ヤマト」と言ってる)。ジープに乗って、襲撃に行くシーンに女をもトルコに捨てた松方の風情と特攻精神がムンムン。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』(監督・マーティン・スコセッシ・’02米/独/伊/英/蘭)。長いけどもっと長くても大丈夫。9・11の余波を劇中でも劇外でも受けてる。時は19世紀末のマンハッタン、ファイヴ・ポインツ。アイルランド移民のリーアム・ニーソンとアメリカ生まれのダニエル・デイ・ルイスが抗争を起こし、ニーソンは死ぬ、数年後、その死を看取った息子たるアムステルダム(ディカプリオ)が身分を隠し、彼の地に降り、ニーソンへ追従を誓いつつ首を狙う。キャメロン・ディアスの眼とこぼれおちるかのかのようなおっぱいしか観てない。合成でも整形でもなんでもいい。良いものは良い、良質な秀作。ビル(~デイ・ルイス)も足の長さとトンチンカンとも思える衣裳でデイカプリオそっちのけで画面に君臨してた。ビルの悪人っぷりをひきだすのにやっきになってる筋にも感服。他方のディカプリオが差別主義者に見えて、祈りや教会作るのも動機は語ってないし……。そんなのなんでもいいけど。楽しいから。

D1107373872 『ある愚か者の悲劇』(監督・ベルナルド・ベルトルッチ・’81伊)、魅せる映画。経営不振の工場経営主が息子を誘拐され、身代金のために工場を売却しようとする。事件はテーマであるのに、彼らが解決しなければならない事項なのに、なぜ平然と日常が繰り返されるのか。人間の命のたゆまない軽さが不在者のおかげで、色めき立つことなく演じられている。会社のチーズのことを偉そうに語る社長は、されど、従業員のことを何も知らない。彼の姿が実にタイトル的で自意識だけは強靭に持ち合わせている。彼にはガラスの壁か、幾ばくかの距離がいつも置かれ、一人の自分を鏡でみたり、それを笑ったりするのである。

『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』(沢木耕太郎・’06講談社文庫)を朝からペラペラめくる。ブックオフに行けばどこにでもある、ノンフィクション系で有名な人。これは旅行記。文章が平板で今朝もムカつきを抑えつつ飽き飽き。ベトナムで売春する人間を見下す目線が俗物。昨日の電話へ、イラつきは重複。『セックス障害者たち』(バクシーシ山下・’99幻冬舎アウトロー文庫)を昨日終えた、全男子必読の名著、あらゆる偏見が無化する。前者がつまらんのは当たり前、か。他に三島由紀夫を久々に手にとってる。

ああ、金がないのでどこへも行けない。

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なあ

『仁義なき戦い 完結篇』(監督・深作欣二・’74日)五部作の完結、笠原に代わって高田宏治が脚本。前作で捕まった文太(広能)が出てくるまでに松方(輝吉)と宍戸錠(大友)と北大路(保)の三つ巴の抗争劇。田中邦衛、山城新伍がついにバタバタと。二人の死に方は今までになくエピソードを盛り込んで丁重に葬らせた。旭も老けてゆくのは悲しい。野川由美子がツンデレの北大路に押し倒されるのにときめく。ながぁい、まつ毛。最後まで金子信雄を観てると長生きしたくなって未来に夢膨らむ。

51yfmoqyq5l_sl500_aa240_1 『情無用のジャンゴ』(監督・ジュリオ・クエスティ・’66伊)、神経を逆なでするマカロニウエスタン。無意味に、大男に顔面を踏まれる子供や、ネイティヴの頭皮を剥ぎカツラにしたり、狂女(と言ってるだけでフツウの女。パトリチーア・バルトーリ)を火だるまにしたり、馬を爆薬で吹っ飛ばしたり、銃創の切開をアップで撮ったり。それ自体は楽しいけど。ウエスタンてこんなに弾が外れていいの?その トーマス・ミリアンが狂女と寝るシーンの脈絡のなさ、そしてなぜか美少年との間を同性愛的にせせら笑ったり、十字架に掛けられたり。彼は混血児なのにトリックスターというには惑いすぎ。ストーリーが掛け値なしに詰らないので、ぼうっとした。主人公の救えなさが諦念をかたどる。「お前らも手伝ってくれ」と昨日自分狙ってきた奴らの首つり死体を下ろすところで、ミリアンの匿名は聖人にみまがう。気分で動くせいで皆が死ぬ。おかげでみんな不幸になった。いたいけなネイティヴの皺に、胡散臭さに噴出する出血に、人の趣味はわかれる。ミリアンは悪人だけに気分は晴れやか。

『花井さちこの華麗な生涯』(監督・女池充・’05日)、ピンクだがシーンを無理に増やしてPFFなどでも公開した。一度死んだイメクラ嬢が、新宿で韓国人テロリストからブッシュ大統領の指を得て核を発射出来るようになる。後半からヘンな耽美さと中島哲也モードが入ってきて眩む。半端。大学教授が迫ってきたりして。チョムスキー、ソンタグ、デカルト、頭良くなるイメクラ嬢は愉快。「こぎとえるごすむ」や「でうすえくすまきな」を唱える、すんごいポルノ! 女が一人で悶えるときのシーンがどうでもよくて、眠くなる。角度によって顔が代わる女優、ところが服がひどくてデリヘル嬢みたいな「衣裳」を(ピンクでは服は自前らしい)。この主演の黒田エミっての今は格闘技に転向した。股に挟まれたら圧死しそ。

Hanaisachiko1 新宿へ、試写会に。

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染みる侭

先週末、バイトで、染五郎を見た。生のがスラリとしてるね。『今度の日曜日に』ってのが新作だけど役名が「松元」(誤植じゃない)で、へえとか思って暇潰してたら、同作、中村雅俊の息子、俊太の名が出演者の欄から修正液で抹消されてんのを発見。ユンナとかのサインがそのポスターには書き込まれたりしてあった。

『満員電車』(監督・市川崑・’57日)、大映東京。早すぎたヌーヴェル・ヴァーグ。最高学府、平和大学を出たモロイ(川口浩)はビール会社の会計として独身寮に住むが機械音の中で女関係をめぐる生活に軋みが出てくる。船越英二が安っぽい同僚役で名演を。川口の親で狂気の淵を彷徨する時計屋を、笠智衆と杉村春子でやってるわけだが、逆に精神病院を作る踏み台になるのが皮肉。まあ、笠が地元実力者というのが不穏。好きな言葉じゃないが、いわゆるシュール、だ。と、いうかこれは哲学の命題なのか? 時間とか存在って! 始まりの五分で駄作かケッ作かの合間をうろついた。

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『1408号室』(監督・ミカエル・ハフストローム・’07米)、キング原作、ジョン・キューザック主演で日本では去年の冬に公開されたホラーの小品。ドルフィンホテル(どっかで聞いた名だ。チェーンなの?)の1408号は過去に数十人が変死している。心霊スポットを訪ね歩く売れないオカルト作家のキューザックが「1408」とある手紙に誘われ、宿泊する。部屋の中で彼は過去を追体験する。隣のビルの居住者に助けを求めるくだりが怖い。真剣に見ると、精神分析映画に一人コントを盛り込んだもの。後半、怖さより「仕掛け」の話に転じてしまうのが仕様ない。子供の声はいらない。キューザックがペドフィリアに見えちゃった。声と言えば殆どが音声録音している自己、彼のの独り言であるのもいい。アップが多いけどカメラも趣向の塊。「蛇口」と「窓」、換気口に潜るのは爆笑。そのように、ホラーには愛嬌が必要。色んなエンディングがついてるので全て観て頭がヘンになった。その後、DVD出して洗面所に行ったら電球が2か所も切れてて背筋が凍った。

『ヤンヤン 夏の思い出』(監督・エドワード・ヤン・’00台湾/日)、170分弱の長丁場。もちろん、無駄な時間はないし、シーンの切れ間も冴え、時間を緩慢に使うことのない演出。「NJ」役のウー・ニエンジェンは気持ちのいいファンタジーを提供してる才人。ティンティン(ケリー・リー)と隣人の少女にかたよっている少女病者な眼は宿命じみてる。ヤンヤン(画像)の独り、新興宗教にはまるその母の独り。どの孤独も眠れる祖母に帰結して一向に解消されない。むしろ、後ろに向かって歩んでいく。ただ現実は前に。そこで日本のプログラマーとしてイッセー尾形が出てきて、「NJ」との対話の舞台を東京に移す。「NJ」のいる暗闇の障子部屋が好き。初恋の女性と少年と少女のように日本の踏切の前で手を繋ぐ異国の二人の性は今では二人のジョークですらある。恋人と女友達を天秤にかけるあらゆる現実の男女がここで虚ろなものになる。このセックスしない「元恋人同士の友人」は明らかに恋人より親密に、話に沿うなら妻より親密に、告白しあう。金八先生風に字義をたどれば「密(ひそか)に」。語れないが登場人物の家族的な親和性は孤独によりひび割れ、守られ、集まっては離れる。本作はカンヌの監督賞に輝き、数年後、エドワード・ヤンの遺作になった。

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二色そぼろ弁当

朝、『蜘蛛巣城』(監督・黒澤明・’57日)、記事で書くのはよもや初めてか、黒澤明。『マクベス』を下敷きにしたもの。前半かったるくて仕様がない。「三木」の千秋実などは何言ってんだか分らない。怒鳴りゃいいってもんじゃない。最近ツンボ気味の俺は全く苛々。山田五十鈴のための映画にも見えた。大女優ですよ、本当に。三船もいつもと違ってパラノな芝居。

『赤い通り雨』(監督・小原宏裕・’80日)をビデオで。脚本は那須真知子で、同じ女を兄弟が別々に偶然に、同じ日に犯してしまう。そして女(風祭ゆき、本作がデビュー)との距離はジワリと縮まってゆく。弟の海辺での乱交シーンで「メンスなの」と言われたときの顔、興を殺がれると子供のよう。雨の中で女の上で腰降る弟に「やめてくれーっ!」と絶叫する兄の声を聞くのは、たった一時間の内容で最高の醍醐味。風祭が夫と住んでて、そのうち強姦現場にもなるあの部屋は他のロマンポルノでも使われてた。誰の家だろ? あと、三枝成彰の音楽がとにかくダシ(紫綬褒章とってからプッチーニとかオペラをやってる人)。一癖ある音楽はさすがにイカす。佳作。

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アキバに行ってくる。

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実弟、ゲロマサ君の自己紹介カード「尊敬する人」の欄には、『ランボー』とあった。

『息子のまなざし』(監督・ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ・’02ベルギー/仏)、木工の職業訓練所で働くオリヴィエという男性の主観ショットでほぼ全編語られる。彼は最近、離婚しており、その原因は息子が殺害されたことにあった。そして少年院から訓練所にやってきたのは自分の子を手にかけた少年で……。ダルデンヌ兄弟がイギリスかなんかの少年が少年を誘拐する事件に想を得たもの。「まなざし」とは幽霊のように肩口から父を見守り続けるカメラ。カメラは息子の眼のようである。だからこの映画の終わりも大体見えてはいる。しかしカメラ画面が痕跡を残し、車の後部座席に動いたりするのである。たぶん同じシーンを二度やって別の角度から撮ったものを編集でつないだものと思う。そこで感じるのはぬくみのある幽霊、亡霊なのであり、彼の眼には、自分のいるはずだった父の横に加害者の少年がいるのが映る。二人を捕らえる眼は僕に染み付く。あらゆる「外」を視ることなしに撥ねつけてはならない、とつくづく。

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偶然! こっちも兄弟。『赤ちゃん泥棒』(監督・ジョエル・コーエン・’87米)、来週、コーエン兄弟の新作を観る予定があるので予習のつもり。ニコラス・ケイジとホーリー・ハンターの夫婦に子が出来ないので倦怠してるのを金持ち夫婦の五つ子を盗んで解決しようとする。そっからは猛烈。ニコラスの口からそんなセリフを聞くとは! といった感じ。ホーリーは何かノイローゼみたいな陰をもったツラ。ハイ・マクダノー(ニコラス)が上司を殴るとことお喋りなジジイにそっぽ向いてるカットが好き。あまりのくだらなさに崇高さすら覚えた。

今日(4月10日)も求人に応募した出版社から連絡が来ない。もし来たらエロ本の編集者になれるチャンスだ! 内定を通り越して、初任給の使い道も決めてあるのだ。まあ、僕が色んな人に酒を振舞いたい、というそれだけだけど……。連絡ないのに怒りはないが、鬱々とはする。

天王町にある古本屋に寄る。川本三郎の本が百円であったので明日買おう。英米文学系のだった。あとがきは、夏過ぎだかに新刊出るとかいう村上春樹。別に今日から『しかたのない水』(井上荒野・’08新潮文庫)を読む。お父さん(井上光晴)とは似てないレトリックだが、無理にいえばセリフのセンテンスが近い?

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「きっと私のために残しておいてね 最後の踊りだけは」

「なにもかも愛した代償」の『ゲロダク』と「フリースタイルなお別れざっし」の『葬』、『小金井駅は宇都宮線だもん』らが小金井方面でイベントをやることが決まり。場所もとってくれるらしい。

『ファミリー・プロット』(監督・アルフレッド・ヒッチコック・’76米)、霊媒術とかオカルトなテーマから発するヒッチコックの遺作。ラストでカメラ目線になってウインクする有名なとこはやっぱり良かった。カーチェイスは構図的過ぎるも、圧巻ではある。タクシードライバーとインチキ霊媒師のカップルが探偵で、敵のカップル(男女二人組)とぶつかる。往年のヒッチコックらしいシンメトリー(宝石屋)も見せた、下ネタもやった、火事(事故)もやったという感じで振り切った感。二人がやけに所帯じみてるのも、なんとなしに嬉しくなる。

『仁義なき戦い 頂上作戦』(監督・深作欣二・’74日)、シリーズ4作目で僕は外れと思った。1、2、3に比べると明らかに退屈。義西会の松方弘樹と山守会系の小林旭の抗争が主。みんな会長クラスになってきて、賢しくなってきてるので警察に襲われても抵抗しないし。かといって警察にピントを合わせるでもなく、のらりくらり。ナレーションがやかましい。そんななかでも梅宮辰夫と加藤武は誠実におちついてセリフを吐いてた。山城新伍はいい意味でも悪い意味でもいるだけで価値が。

先日、『座頭市』の北野武版がテレビでやってたのだ。丁度賭場のシーンだった。当日、家に置いてあった綾瀬はるかの『ICHI』(監督・曽利文彦・’08日)を観る。武の『座頭市』と似たようなもんだ。どっちもどっちで。許せないのを先に書くと、綾瀬の茶髪。背景の暗闇を全部殺す酷い髪の色。時代劇として、とかは言わないが(それを言えば武のもカツシンが監督したヤツも時代考証なんて蚊帳の外)単純に画的にキツい。けれども、中村獅童がこの映画の見方を全て教えてくれるのだ。大沢たかおなんて捨て駒だ! 窪塚よ、戦えるんなら体張れよ! ていうか死ねよ! と武の「市」程、市が強くないし、敵も強くないので、盛り上がりはあるのだった。どうでもいい綾瀬の太ももが一閃斬られたときの喜悦(本人の足じゃあないだろうが……)ったら! 柄本明と窪塚を親子のヤクザにしたのは、武版を挑発するなかなかのアイデア。非処女の綾瀬もカツシン(監督)版っぽいといえば「っぽい」。いや、そういうのも苦しいやね。やくざの家にいる渡辺えりが飯盛ったり、最早、前衛喜劇。小太郎のパパの利重剛に「喜八」という役名が着いてたのには興奮した。彼の映画デビューはATGの岡本喜八監督作であるから。光の効果とかは案の定、劣等。武のをすぐ観ると、そういうとこは明らかに完敗。まあ些細なこととも思う。この貧弱な『ICHI』が連作化しいつの日か北野武のを、おちょくり、踏破してくれることを願う。

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越路吹雪、『ラストダンスは私に』を聴く。

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えろねた④

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貧しさが昇華して引きこもりになった。

「えろねた」、キリないので今回でお終い。

 

ピンク映画。『肌の隙間』(監督・瀬々敬久・’04日)、ピンク館から出発した秀作。「ピンク」は殆ど形骸化しており、その中で音楽なしの同時録音、16ミリで撮られる風景は自閉症の叔母(不二子、画像手前)と人殺しの甥の逃亡劇だった。自閉症の女と男は知らぬうちにログハウスで二人きりの自閉的ママゴトを始める。鈍い唸りを上げ絶頂に達する「動物」的女。女がマックの残飯で餌付けされて後ろからホームレス(飯島大介)に犯されるシーンとそれを観るなたぎ武似の童顔な甥に目が潤む。男は震えながら目をそらし、粒の汗にまみれて、ホームレスは苦悶するように腰をバネに。視線を拘束する禍々しい外延と色素定着を忘れた不二子の「肌」は、至高。

『愛のむきだし』(監督・園子温・’08日)、今月の最初、「新宿K´sシネマ」で1800円払って観る、237分は伊達じゃない。パンチラ、盗撮、変態、「さそり」、タランティーノ、宗教、女装、原罪、洗脳、勃起が跋扈、凝縮。パンチラ見せまくり、格闘しまくりの甘酸っぱいオナニーも披露の満島ひかり、畢生の代表作になるだろう。西島「トリプルA」隆弘も俳優に転向した方がいい、重厚感と最も遠い俳優としての未来は暗くない。安藤サクラの太股と奥の白パンツも印象に。皆、カッコが酷いのはマイナスに働いてる。中高生に関心無いのが明らか(R指定もしてあるし、若年層は皆無)。大久保鷹が「バチカン」なのに笑った。宮台真司が教誨師気取りでプラトンとか言うのにも思わず笑う。十全たる映画、愛を遡及させるわりには、すぐ距離をとりたがる園監督の見栄が時代に追いついた。追いかけっこはいいけど首絞めはそろそろ、というのが後半の感想。勇気のある(湧く)話ではある。

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森崎東の「われわれ」と

おなじみ、シネマヴェーラ渋谷の特集「森崎東の現在」に足を運んだ先月。大入りで若い人が(俺も若い……よ、ね)多い。

1月27日の最終回で600円払い、『黒木太郎の愛と冒険』(監督・森崎東・’77日)、ATGの田中邦衛の通称モンクさんというスタントマンが米ソの大使館をジープで回るテロリストごっこする掴みから、映画をつくる三人組の冒険を支える物語へシフトする。大爆笑の傑作。後述することになると思うが、森崎映画の財津一郎は図抜けて、喜劇を縁の下で支えるバイプレーヤー。本作では大人のオモチャ屋で口癖は「ニワトリは裸足ョう」。森崎監督の近作は『ニワトリはハダシだ』だが、財津は呟くたびに思い出すわけである。また基地の町、ここでは横須賀であるが、そのモティーフは森崎作品の人々に共同性を生み出す、つまり敵を作る、国家であったり、ヤクザであったり、あるいは戦争。田中が姪に指詰めの用意をしたりするシーンは人情劇を自家薬籠中のものとした監督の手腕が光るところ。ラストでは麿赤児、中盤では三國連太郎の旧日本兵(幻覚のシーンが熾烈!)、序盤では伴淳三郎の孤独な老人、岡本喜八の極貧っぷり、退屈から最も縁遠いキャストでもある。写真では田中より、清楚でまだウいてる倍賞美津子よりなぜか緑魔子がデカい。

Bouken1 他の日、『女生きてます 盛り場渡り鳥』(監督・森崎東・’72日)、「女・喜劇」シリーズの最終作。4作目の本作でもうマンネリしてる。どういうシリーズかというと、トルコ通いが生きがいの森繁久弥、彼が社長の芸能社はストリッパーである踊り子を抱え一家同然でひとつ屋根の下。訳アリの娘たちと関わるというのが定番。今回は人の物を盗む万引き少女が。しかし初子なるこの娘は男に触られると全身にじんましんが出てちっとも商売にならない。で、こいつが失踪してドタバタが! 吃音者の山崎努がお家を壊したりするのは次回紹介する、後発の森崎作品『街の灯』にも。この部落民らには、しかし微温的に森繁の金沢社長の蔑みというか、無関心があるのが興味深いところだ。この男は根本的には私利私欲で動く狂言回しである「お父さん」なのだ。森繁のことはまた次回に。

今日は東京駅のリラックマストアに行った。クマに酔って眩暈を起こした…。開店初日、記念にはなった。

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金子作品寸評Ⅰ

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                                                                                                                    我が家に生キャラメルが! 想像よりイイ味だった。シンプル。苺を一つ食い、今朝冷蔵庫を開けたら一つもなくなってた。なんで?

編集、執筆が俺だけ遅れてる『ゲロダク』、先日の映画『プライド』を中心にし、金子修介論を打つべく、金子作品を続けて観てるとすくすく映画を観るのが疲れてくるような……。 そんなごく個人的どうでもいい事柄は当の冊子に行を割くとして、今日は金子作品を一本、寸評。

『1999年の夏休み』(監督・金子修介・’88日)。水島理絵ってのが今の深津絵里。彼女を含めた四人の少女が男役で出て来る。幻想的なミステリー。ボーイズラブのエフェクト? 高間賢治というカメラマン。この人は若松組出身で、あの閉塞した未来、大人のいない世界、少年たちのある連帯と内ゲバ(とはいえないかもだが)には相通ずる部分があり影響が? と思う。非常な空虚さをもってやってること、また水辺にこういう共同する人々は集まるなどなど。子役の演技は最悪の部類だが、画に救われ楽しめた。軽い肢体に重いコトバをぎゅうぎゅう詰めてる。

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22才に。

3561 『イン・ディス・ワールド』(監督・マイケル・ウィンターボトム・’02英)、愚作の一語に尽きる。まず、僕はこの映画の方法論を認めない。それはアレだけの早いシーン廻しのなかに、物語を集約してしまったあまりに、うろんなフェイクを掴まされた感じがあるし、その雑は「現実」を貶めた。主人公の少年は従兄弟とパキスタンの難民キャンプから砂漠を越えロンドンに行く、そのために中東の国を密入国しながら、トルコから欧州に出るという物語。主人公には実際の難民キャンプで本国に強制送還された少年ジャマール君を使っているが、映画が、こんなにも残酷に人間を「旅行」させた風景を観るとは! ハンディカムみてえな画像、つまり映画は誰が撮ってんだ? 生死をかけた『あいのり』かよ。ジャマール君や従兄弟の顔はキアロスタミや、渡邊文樹の役者(=ほぼ素人)よろしく、足枷のない演技というか戯れを見せるのは素晴らしい。ならば、『都会のアリス』や『大人は判ってくれない』があって、今ここに戦争、内戦があって難民がいて、それを跳ね除けた英国があって……、あ! イギリス人の愛国心ぐらいはくすぐったのか。まったく皮肉ではなく、ウィンターボトムの何でも屋っぷりに更に興味をもった。だって、真骨頂と皮肉るには深刻。今月のワースト1。

誕生日がくる。相変わらずつまらない日々を剣呑と過ごしてきた気がする21年。

今日は伊勢原で塾講師の面接、担当の方のお話には胸打たれたが、俺と一緒に話聞いてた男女(二人とも塾やカテキョのアルバイトの経験者だとか)が何でか帰りに意気投合してるのを見て、なぜか急速に、ここにいることが後悔に。シュウカツの途上で往々にしてそういう事故はある(らしい。残念ながらそんな事態になったことは。根掘り葉掘りのフレンドリィ野郎なら幾度も見かけた)。それから二人、海老名のホテルにシケこんだ? いや、お昼を「餃子の王将」で? 妄想は膨らむ。

※2月15日現在、そのエースセミナーって塾のところもスッテンコロリンと落ちた。これは2日前に打ち込み、失神眠したもの。

『仁義なき戦い 広島死闘篇』(監督・深作欣二・’73日)、シリーズ2作目で舞台は広島に移り、文太の広能幸三は脇に控え、北大路欣也が主人公、敵にはサングラスの千葉真一という前作と負けず劣らず豪華なので、目をみはる。ドキュのタッチを追及した結果か、騒がしい一作で顔が分からぬうちに死んでいくヤクザの皆さん……。キャストなら競輪場の小松方正のオドオドしてるのが笑える。一方で、前田吟なんかの役回りには矛盾を。美能は「鉄砲玉」というシステムに忸怩たる思いを持っていたのではなかったの? 大人になったということか、組を持ったからか、よく分からんが。俺の錯覚かな。そうそう、川谷拓三がまた死んだのもウケる。ネットを拝見するとまた死ぬらしい(知らない人にために。シリーズなのに「別の」人物の役で登場するのだ)。映像作りは完璧、脚本は捨て部分がなくシンドイものの、やはり傑作には違いない。梶芽衣子はついに肩しか脱がない。この人って恰好はいいが、とことん色気がない。すると、作品は好みの問題に。右を北大路、左は成田、若い!

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しごとさがし

こんばんわ。川崎のスーパーでビールに柿の種をくっつけるバイトをしてきた。

そう。あと、歯を抜いた、恐ろしくて見ていないが麻酔を三度も!

もう、一つ抜かにゃあならない歯は筋とくっついているとかで、市大病院を紹介すると医者。病院入る前に病院の周りを三周くらい回った。ああ行きたくない…………。

さて。31350w474rl_sl500_aa192_1

『瞼の母』(監督・加藤泰・’62日)を観た。忠太郎の中村錦之助は生き別れの母を探している。松方弘樹は彼の弟分的な相棒だったが、松方は母との再会により股旅の道中に終止符を打つ。加藤泰の傑作人情時代劇。忠太郎の母は木暮実千代が演じている。自然光が殆どなくて(皆無?)人工的な人形劇を観ているよう。絵の構図をこんな部分までやると帰って背景が静止している錯覚を。たとえば松方の妹役の中原ひとみとの家での夏祭りのことなど、自由に動いてるカメラがうまく背景と接近していくのを感じることができた。でもエピソードの挿入がサッパリし過ぎる印象。これは後景化した町並みがどうしても自閉的。あとは誰の心にも残るだろう、浪花千栄子の盲目の婆さんは、措いといて、俺は沢村貞子の夜鷹にギクリ。このギャグみたいなボロ着物にムシロ、を抱えた婆さんは図々しくも忠太郎にタカるのだが、あの首筋の細い感じ、あのムシロで抱かれる婆さん沢村貞子、擬似的な母子相姦(この沢村はかつて木暮実千代と同僚だった、という設定)として錦之助が襲われてる画すら僕の脳裏に見えた。この錦之助(忠太郎)は、ともすると、やたら少年のようである。東映京都の美術力が役者の顔にも侵食していった!? つまり、女性がワンサカ出るこの一本でも他の女優陣はみんな結託したり、馴染んだりだが沢村貞子、ただ一人だけは背景、美術に押されていなかったのだった。

『野火』(監督・市川崑・’59日)、明後日で故市川崑監督の一周忌。で、観てみた。大岡昇平原作で、兵士の船越英二が病気持ちで戦時下のフィリピンを彷徨う。和田夏十の優等生的な脚本は今度も凄い。何ていうか体験なしでこんだけ気だるいコトバがじんわり、粘つくように出るのは脚本に負うところが大きいのでは、と。そういう意味では、陰惨で熾烈な部分に重しを乗っけた戦争映画ではなく、「テクニック」で抑えた脚本と言える。同軍の兵士が多少のことで、階層を作ったりするシーンは興味深かった。船越だけが英語に対するリテラシーを持ってる、手榴弾を持ってる、などの。市川監督を一方邪険に出来ないのは浜村純の狂人兵士や、滝沢修の負傷兵ともう数秒で記憶に焼付く俳優を、船越との絡みを中心に、充分に遊ばせてやるのだから見事だ。その二人は言わずもがなの名演である。当のセリフだが、船越英二扮する田村の敵襲後の呟きが気に入った、以下メモしたもの。「おまえらのなかには生きている奴もいるだろう。だけど俺は、助けには行かないぜ。俺だってもうすぐ死ぬんだ……、おあいこだよ……」。

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今日のタイトルは高田渡の曲から獲った。

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うぃんうぃん

と、虫歯が疼く。

明日は川崎に派遣される。

『水霊 ミヅチ』(監督・山本清史・’06日)を観る。なかなか苦しいホラー。ネットでは悪評高い。水のせいで色んな人間が発狂する事件が多発。水をガブガブ呑んじゃう症例がでたり、目を針でついちゃったりするんで、井川遥がナゾを暴く。ゲロシーンが序盤に2度(かな?)あるだけでも、満足。作り物でも、トイレのタンクの水を飲むミスマガジン山崎真実が嬉しい(グランプリではないらしい)。で、なんで旧名、柳ユーレイを存分に殺さないんだよ? もう角川ホラー文庫を原作にするのって頭打ちだなぁ、とは思ったが、シーンだけでなら、つまらなくなんかない。とはいっても、多少の胃もたれのようなもんが残る、か。

200605272232321 森崎東の特集に数度通ったので今週はその感想を。

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恣意の

『キャンディ』(監督・クリスチャン・マルカン・’69伊/仏)日本公開は2003年。俺は人の薦めてくれるものは覚えている限りは観ているがこれは、とある友達に教えてもらった一本。エヴァ・オーリンの、キャンディのエロティックコメディ。確かに女の子の好きそうな冗長さ。くどい音楽PVのようでもあるが。しかし、不思議に音楽は奇妙なほどに、入っていない。五月革命以降のフランスの薫りとかいうまでもなく、テリーサザーンのサイケは愉快。医者や詩人、教祖様、軍人、アヴァンギャルド。マーロン・ブランドの終始ラリッてる感じ、リンゴ・スターの庭師とそれはそれで! 僕はこのくどさにうすら恒久的な青臭さを観た。みんな気付いたら、尻の青あざは消えてるかもしれない。まったく。D1108619481

『アウトロー』(監督・クリント・イーストウッド・’76米)、イーストウッドの主演、監督作。この間観た『セラフィム・フォールズ』は『アウトロー』だったのか! という発見。もうイーストウッド格好イイなあ、とそれだけで観れる。ソンドラ・ロックというヒロインも美人、服がぼろぼろになって、襲われるときに無精面のイーストウッドがのっそりと助けにやってくるわけよ。インディアンの酋長がインディアンの娘、どちらも追われる身であるイーストウッドの仲間になる。おれは、この酋長が娘に夜這いをかけるのを、イーストウッドに見られるシーンのギャグセンスが、今思い出しても笑ってしまう。殺さない戦闘シーンも迫力。途中で寄る、町の界隈の様子など。ラストは自分で死なせる、死に方で敵を獲る。イーストウッド、日本で言うと山田洋次的人情世界の人格を持った俳優であり監督で、その時々の明け透けな呑気さが、また通底している。今年はイーストウッド監督作に『チェンジリング』などが控える。右は酋長、左がイーストウッド御大。

Outlaw671_2 ああ、眠くて仕様がない。棒に振る日。

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せいかつ

なんでモノ売って暮してるんだろう。とかとか。

『サウスパーク/無修正映画版』(監督・トレイ・パーカー’99米)を観た。僕はミュージカル映画が何故か知らないが苦手。突然踊ったり謳いだしたりが3度続くと興味を失う。が、これはそれのノリ。『サウスパーク』自体も初めてだったがカナダとの戦争に下ネタオンリーのコンビが関わってくるのは分かるが、あまりにも勢いで飛ばしすぎ、もう少し、糾弾するネタがないと話として辛い。笑ったのは、主人公が好きな子の前でゲロ吐くとこ、数度あるシーンだが、ほぼそこのみ。

『デモンズ2』(監督・ランベルト・バーヴァ・’86伊)、前作は部の冊子に感想を載せたので、1年前くらいだけど覚えている。んで今度は高層マンションで死霊が出てくる。群像劇のムードはそれぞれぶっ殺されて「デモンズ」になっちゃうので、さあ、一体誰が主人公になるのか? といった具合。お父さんが食われ(?)ていく様が笑えるシーンで、車中むせび泣く少女が後の女優アーシア・アルジェント、本作の脚本家ダリオアルジェントの娘だ。まあ内容は『ビデオドローム』(1982)の模倣品のようなもんから始まって、『グレムリン』(1984)の中古人形みてえなモンスターが出てくる有様だった。やりたいことは分かるよ……。実質、完結らしいが勝手に付けられた「3」もあるとか。立てこもり癖のあるヘンなホラーだと改めて。

卒論の面談に行ってくる。

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リドリー対トニー

ななへ。

そうそう、主体が奥に退く構図。

1000字くらいで、最近よく固まる。う、ウイルスちゃんか? んでマキノ雅彦監督は昨今、手術に成功した俳優、津川雅彦の変名。『旭山動物園物語~』で3作目。キャストにスター性があって1作目しか見ていないけど。今回のは料金が安かったりと、観やすい感じ、俺は動物が苦手で……。安い日なら行きたいよ。『ベンジャミン・バトン~』は予告、楽しそうだ。ブラピは一昔前に戻った感じがしていいし、フィッツジェラルドの小説なんてもう関係ないだろうね。チラシは持ってるんだが内容皆無なの。隠してたんだね。

ななの家にもくる(?)、『牡丹と薔薇』。『真珠夫人』、『愛の流刑地』、ロマンポルノやATG系でもならした脚本家、あ、あの中島丈博が『非婚同盟』なんて昼ドラをやってる、一見したところ80年代後半のフェミニズムの匂いがプンプン! レイターワークとして選んだ道か、選ばざるを得なかった道か。もう誰も結婚が当たり前と思っていない世で、女三人が同居して何をしようというのかね。                   

                         *

さて。兄のリドリー・スコットと弟のトニー・スコットはイギリスの映画監督である。世の中二人で一緒に制作する人もいれば、バラバラの人らもいる。二人は映画界ではバラバラに名をはせてきた。今回はそんな二人の作品を順番に観た。

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『マイ・ボディガード』(監督・トニースコット・’04米/メキシコ)、メキシコを舞台にアル中のデンゼル・ワシントンが経営は悪化してるけど、金持ちの家のボディガードとして雇われ、ダコタ・ファニングを守る。スペイン語の字幕が入ったり、人種問題にも(適当に)敏感だし、宗教的なシーンはオチが透ける。公立機関の腐敗がテーマで、音楽がウルサいのと(なぁにが、ナイン・インチ・ネイルズだ。以前借りて聴いたら平板だった印象)、フラッシュバックするシーンがだらだら多いのを除くなら質は高い。デンゼル・ワシントンの動揺っぷりが素敵。白人とファニングを絡ませたら、多くの白人が犯罪者に見えてしまうことだろう。

『マッチスティック・メン』(監督・リドリー・スコット・’03米)、たまたま借りたが、制作年が同じくらいだった。ニコラス・ケイジが詐欺師、彼は詐欺のコンビを組んでるが、神経症っぽい。別れた妻との娘(アリソン・ローマン演ずる、14歳の役を24歳で)が現われ、詐欺を教えて欲しがるが、撮影は丁寧で常にロケしてる空間にも無駄がない。ニコラス・ケイジがひたすら動いてくれて楽しい。背景は背景として控えさせる。トニーは後ろの風景に意味与えすぎでは? どっちがイイワルイはまだ言わないが。でもって主観がしっかりしてるので二時間は過不足ない。勿論女優なのだから、ローマンは子供から大人の伸縮はある程度自在でなければ、なんであって、でもこの人は声が急に甲高くなったりで、なんだか終始、たわんだ伸縮とでもいうか……。どっかに不安を持ってみないと、という感じがある。その不安がニコラス・ケイジとチグハグな雰囲気を作ってて好感。ニコラス・ケイジ、彼は神経病みの詐欺師という、鑑賞者の「不安」を煽る「演技」をしているのだから。プロットで見せていく一本、しかし、そこはリドリー・スコット、この映画演出のツボは背景が前に出てくるときの、「小物、置物」にあるのだ。

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505

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『カビリアの夜』(監督・フェデリコ・フェリーニ・’57伊)、久し振りのフェリーニ、屈指の名作。ジュリエッタ・マシーナの娼婦カビリアの哀愁劇に胸を撫で下ろし、気持ちのいい溜息。簡単に死なないとは、こういうこと。「シネマヴェーラ」で特集をやってる森崎東監督の作風はソフトフェリーニ? 俺は家を譲るシーンが好き。ちなみに最初の10分も凄い。

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ひとりぼっちで、「渋谷シアターN」にて先月から全国ロードショーの『プライド』(監督・金子修介・’08日)を観た、またもや客は俺入れて二人。一条ゆかりの原作漫画がある。オペラ歌手を目指す金持ちと貧乏人の話。……のはずなのに……。ステファニーと満島ひかりの主演女優二人はムチムチしすぎ。胸までを締め上げるドレスを着るわけだが、その腋の下の肉の線がちゃんとフレームインしているところをみると、脚本・プロデューサーの伊藤秀裕の指示があったか? 肩幅がこんなに広くてツンデレなんて客観的にみて煩わしい。で、金子監督より、ロマンポルノは伊藤のが古株。むしろ監督にとってはステファニーはゴジラだった? 彼女のアバタで注視したが、彼女に限らず、下の位置からカメラを置くショットが多かった。だのでステファニーの耳の下のニキビやクレーターはくっきり。クラブのママ役の高島礼子は逆に綺麗で、これが肌の手入れの差か、とか思ってたら、及川のミッチーがテンションの変わらぬ王子っぷりを披露したのは拍手。ただ客がこんなに少ないのもまあ分かるよ。詳しくは次回の『ゲロダク』に執筆予定。

アイルランドのバンド、アークティック・モンキーズの『Favourite Worst Nightmare』を聞きながら。はじめて聴くバンド。ベース音がいいぞ。

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神楽坂会議

から、けえってきた。みなさんお風邪は召してませんか。

あ、また長文打ったのに消えやがって! くそお、1000字分くらい消滅。

なな、松永大司、いま、脚本や監督などをやっているそう。ふむ。『手錠』は引きの構図が多く顔をあまり判別してないのだけど、素晴らしい一作です。

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松竹『人生劇場 青春篇 愛欲篇 残侠篇』(監督・加藤泰・’72日)、森繁の死をきっかけに運命は巡る。最近はモリミトミヒコ大先生が推す尾崎士郎の原作。吉良常、飛車角、宮川を田宮二郎、高橋英樹、渡哲也が。主役の書生の瓢吉は竹脇無我でATG系によくありそうなキャラクター。スター感は漂うが主役にそれが薄い。それと、加藤泰の画面は面白いのに、キツい。160分弱を見させるのは、伴淳三郎、笠智衆といったオイシイ配役、を自由に演じられる人らだろう。好きなシーンはやくざな吉良常が瓢吉の家に滞在し、(欽ちゃんもでてくる)坂上次郎が巡査役で、彼を泥棒と間違えるシーン。あんたは商売、女売ってるのかね、と次郎。あんたぁ、なにいってんだい、おれぁ、男を売って生きる渡世よ、云々と吉良常。か、かっこいい! ともあれ女優陣も悪くはないが、折角汗水垂らしたセックスシーンどうせ肩までなのだからもう少しうまいこと映してくれ。なんか三人目として割り込んでる気分。 

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『ライフ・アクアティック』(監督・ウェス・アンダーソン・’04米)、海洋冒険家でドキュメントを撮影するズィスーがかつての栄光にすがり、少ないスポンサーを元手に船を出すが、そこに息子を名乗る人物が現れる。ぶへへと大爆笑。船長のズィスー役、ビル・マーレイの遠くを見る眼とあまりに空気を読まない発言に胸が洗われる思い。お陰で転覆しそうになるんだが。チームの皆も一縷のあざとさは否めないけど、すぐに処理。手際のよさは親子喧嘩シーンの横のパンなど。デフォーはあたりまえのシノぎとしておいとく。息子役のオーウェン・ウィルソンの下品になってく様子とケイト・ブランシェットの漫画的な体躯は妊娠して、じっと見ても? という感じに。キャスティング、よくしたなぁ。未来のロバート・アルトマン? 『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の監督がアニメーションで参加してる。だのでか、しょぼぉい。そこが頼もしいところ、「本気」を控えさせている。決して笑わせようと向こうはしてないんじゃあ。でもって、肝心のときの「本気」は長続きしないし、何にも勝てない。というか勝とうとしない教訓であったり。

次回は金子修介監督の新作を観て来たのでそのことを。

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